寂しいのか?
しばらくブログ書いてなかったが、その間に母は立ち上がりも困難になってポータブルトイレや介護ベッドの手配をした。
介助する事に苦は感じていないのだが、息子に事の流れを話している途中、不意に感情が込み上げて来て涙が溢れおえつしてしまった。
何故?
私、母は嫌いではないけれど尊敬はしない。
父は一人っ子だった。
祖母が、嫁いでしばらくしてからの子だったらしい。
当然、ひとり息子への想いは溢れている。
反して母は、全てが生きていたら12人兄弟の真ん中くらいに誕生した人。
父との間に私達4人の子をもうけたから女としての幸せを感じて生きてきたと思う。
祖母は、昔の結婚の中にはあったように祖父との間の愛と言うより、ひとりの子である父への想いと、初めての孫である私を娘のごとく思って生きた。
可愛いがってくれるが、母への非難も私にぶつけた。
学校へ行くか行かないかの年端もいかない子供だった私だか、
それは母に言ってはいけない事のように思われ伝えずにいた。
祖母は生活全般にきちんとした人で、色んなことを教えられ躾られたと思う。
母は、整理整頓が出来ない。と言うよりすることすら知らずに育ったのかも?
祖母の元育った父には時々かんしゃくを起こされていたが、きちんとされる事はなかった。
父の愛に甘えて生きた。
私達姉妹も、祖母には教えられたとしても、母を見ているのでけっこう楽に走って生活していたが、結婚したりでやらなきゃいけないと、出来た。
祖母は愛情深い人だったが、時々不機嫌に感情を爆発させることがあった。
家の中がイヤな雰囲気になるのが堪え難かったが、収まるのを待ってるさ中、油を注ぐ発言をする母を「何で自分の想いだけで発するの?私は貴女に、イヤだと思うような事言ってないのに…」
と7才くらいの私が思っていた。
そんなだから母と言うよりも、妻だったと思う。
父が亡くなって、しばらくは誕生日が私は父の次の日なのだが、「父さんの誕生日だから赤飯炊いたから貴女も持って行きなさい。」
を私はネタのごとく人に話していた。
母は、「ありがとう」をほとんど言わない。
どんなであっても、「それが母だから」と思っていたのに。
少しは立てても、立ちたくないから立たない事もある事も。
協力してくれなきゃ一人じゃ身体を動かせない事も。
なんか、寂しくなったのかなぁー。
笑いながら、「ふざけるな!ふざけるな!」って涙流していた。